自問自答@東京
2010年 03月 10日
東京に来てからさすがに忙しく、ブログがアップ出来ずにいますが読んでくださってる希有な方々(そんな人がいるのかわかりませんが)すいません。
しかし昨日食べたインド料理屋(名前忘れた。@新宿アルタ近く7階)は本当においしく、なんか脳がインド化されていく気がしてならない。
それにしても東京、毎日寝るとき以外は無駄に外にいますが不思議な感覚。
まず他人に気を使わない。いや、思うのは自分のことも考えていない。
他者と自分との差が少ないように感じる。
金曜の夜にひとり、歌舞伎町というおそらく世界一の歓楽街(いい言葉だ)を探検したけど、なんか日本じゃないところにいるような錯覚を覚えた。
客引き、水商売のおねいちゃん、ピンク色の看板、サラリーマン、学生、よくわからないひと、よくわからない何か。
ネオンの看板が目に入る量が多い。
行ったことはないけどタイや台北の街の様だがもっと近い。
何も自分と関係ない街やひと。
でもそれは自分だけじゃなく、ここにいるほとんどの人がそうだ。
何かを得ようとしてはいない。する気もない。
ただ吐きだすだけ。
新宿西口の路上で3ピースのジャズバンドが演奏をしてる。
ドラムがちょっとはじけすぎてるし、サックスはあまり声量がないけど足を止める。
60年代のモダンジャズやフュージョン的なアプローチもあるな、なんて考えるけど、そんなことを考えるのは止めて、ただ演奏を感じる。
彼らは何のためにここで演奏をしてるんだろう。
南口で、これから売り出そうとしてるレコード会社のプロモーションで演奏しているナチュラル系のナチュラルじゃない女の子や、聴いたことのあるような初めて聴く曲を演奏している男の子とは違う。
じゃあ何の為?
自分を見つける為?
そういうんじゃない。
自分なんて見つけたところで、たいしたことないってことはみんな分かってるし、イルカと泳いだって心は洗われない。
あ、この今日の話は誰かに何かを言いたいわけではなく、何かを否定したいわけでもありません。特にオチもないので、なんかすいません。
んでつづき
演奏は15分くらいでサックスの人が疲れたのか休憩になったので500円入れてその場を去った。
言葉は交わさなかったけどなんか友達に会った気がしてちょっと嬉しくなった。
『一度空に放たれた音楽は、二度と捉えることが出来ない』
とはボクの大好きなエリック・ドルフィーの最後の言葉だが、自分がDJをするときは、空に浮かんだばらばらの音を一つにまとめる作業だと思っている。
それが渦になればグルーヴになるし、人の感情を動かすことが出来ると信じていて、ごく稀に迎えるその瞬間の為に努力を続けなくてはいけないと思う。
改めて音楽を聴こうと思う。その音楽が表現しようとしている物を感じたい。
好きな音楽とその音楽がなぜ好きなのか考えてひとつにまとめて表現したい。
ひとが考える自分と、自分が考える自分の間にあるものは何だろうか。
事実の論理はなにかを代表されうるものではなく、世界はあるもののすべてでは無いと信じたい。
語りえぬ事柄に関しては沈黙するべきという哲学者もいるけど、僕は話したい。理論の誘惑を退ける徹底した思惟を。
今は気付けないがごくそばにもっと素晴らしい問題が控えていることに気づく。
そう、世界は物の総体では無く、事体の総体なんだから!
あと、東京ってデカイ女の人が多い気がするのは自分だけなんだろうか。やっぱりパンとかばっか食べるとおっきくなるのかな?
そんないっぱいな疑問の浮かんだ夜でした。だれか答えがあるなら教えて欲しいです。
最後まで読んでいただいた人、ありがとうございます。おやすみなさい。
しかし昨日食べたインド料理屋(名前忘れた。@新宿アルタ近く7階)は本当においしく、なんか脳がインド化されていく気がしてならない。
それにしても東京、毎日寝るとき以外は無駄に外にいますが不思議な感覚。
まず他人に気を使わない。いや、思うのは自分のことも考えていない。
他者と自分との差が少ないように感じる。
金曜の夜にひとり、歌舞伎町というおそらく世界一の歓楽街(いい言葉だ)を探検したけど、なんか日本じゃないところにいるような錯覚を覚えた。
客引き、水商売のおねいちゃん、ピンク色の看板、サラリーマン、学生、よくわからないひと、よくわからない何か。
ネオンの看板が目に入る量が多い。
行ったことはないけどタイや台北の街の様だがもっと近い。
何も自分と関係ない街やひと。
でもそれは自分だけじゃなく、ここにいるほとんどの人がそうだ。
何かを得ようとしてはいない。する気もない。
ただ吐きだすだけ。
新宿西口の路上で3ピースのジャズバンドが演奏をしてる。
ドラムがちょっとはじけすぎてるし、サックスはあまり声量がないけど足を止める。
60年代のモダンジャズやフュージョン的なアプローチもあるな、なんて考えるけど、そんなことを考えるのは止めて、ただ演奏を感じる。
彼らは何のためにここで演奏をしてるんだろう。
南口で、これから売り出そうとしてるレコード会社のプロモーションで演奏しているナチュラル系のナチュラルじゃない女の子や、聴いたことのあるような初めて聴く曲を演奏している男の子とは違う。
じゃあ何の為?
自分を見つける為?
そういうんじゃない。
自分なんて見つけたところで、たいしたことないってことはみんな分かってるし、イルカと泳いだって心は洗われない。
あ、この今日の話は誰かに何かを言いたいわけではなく、何かを否定したいわけでもありません。特にオチもないので、なんかすいません。
んでつづき
演奏は15分くらいでサックスの人が疲れたのか休憩になったので500円入れてその場を去った。
言葉は交わさなかったけどなんか友達に会った気がしてちょっと嬉しくなった。
『一度空に放たれた音楽は、二度と捉えることが出来ない』
とはボクの大好きなエリック・ドルフィーの最後の言葉だが、自分がDJをするときは、空に浮かんだばらばらの音を一つにまとめる作業だと思っている。
それが渦になればグルーヴになるし、人の感情を動かすことが出来ると信じていて、ごく稀に迎えるその瞬間の為に努力を続けなくてはいけないと思う。
改めて音楽を聴こうと思う。その音楽が表現しようとしている物を感じたい。
好きな音楽とその音楽がなぜ好きなのか考えてひとつにまとめて表現したい。
ひとが考える自分と、自分が考える自分の間にあるものは何だろうか。
事実の論理はなにかを代表されうるものではなく、世界はあるもののすべてでは無いと信じたい。
語りえぬ事柄に関しては沈黙するべきという哲学者もいるけど、僕は話したい。理論の誘惑を退ける徹底した思惟を。
今は気付けないがごくそばにもっと素晴らしい問題が控えていることに気づく。
そう、世界は物の総体では無く、事体の総体なんだから!
あと、東京ってデカイ女の人が多い気がするのは自分だけなんだろうか。やっぱりパンとかばっか食べるとおっきくなるのかな?
そんないっぱいな疑問の浮かんだ夜でした。だれか答えがあるなら教えて欲しいです。
最後まで読んでいただいた人、ありがとうございます。おやすみなさい。
by akatycoon03
| 2010-03-10 01:35
| 東京